UrDoc Blog

Borderless Healthcare, Our Mission. 医療×テクノロジーで医療のボーダレス化の実現をめざします。

『解体新書』— 江戸時代に「医療のボーダレス化」をめざしたプロジェクトの話

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 UrDocが掲げる「医療のボーダレス化」をめぐって、チームメンバーで雑談していた時のこと。ふと「医療のボーダレス化に日本で最初に取り組んだのは?」という話題になりました。

顔を見合わせたメンバーがそれぞれに思い浮かべたのが『解体新書』です。

1774年夏。日本橋の本屋の店先で『解体新書』という翻訳本が売り出されました。

翻訳者は医師の杉田玄白、前野良沢、中川淳庵ら。底本はドイツ人医師クルムスによる解剖学書のオランダ語版で、通称「ターヘル・アナトミア」です。売り出した本屋は、平賀源内など個性派の本を扱うことで知られていました。

杉田玄白の回想録によると、「ターヘル・アナトミア」との出会いは偶然でした。

当時の日本は鎖国中。幕府のオランダ語通訳でさえ、本場の書物で勉強するのに許可が必要だった時代です。

玄白も洋書を目にする機会はありましたが、外国語がわからないので1文字も読むことができません。友人の平賀源内と顔を合わせては「こういう本を幕府の通訳が翻訳してくれたらなあ」と嘆く日々でした。

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UrDocのお医者さん【1】スフィ・ノルハニ先生「日本語が話せても、ネットで病院を調べるのは簡単ではない」

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UrDocに参加してくださるドクターをお一人ずつ紹介するシリーズ、題して「UrDocのお医者さん」。第1回は、マレーシア出身のスフィ・ノルハニ先生(Sufi Norhany, M.D.)にご登場いただきました! 現在JCHO札幌北辰病院の総合診療科で活躍されるスフィ先生。日本で医師になった経緯、母国マレーシアの医療事情、独自に行っていた医療相談のお話など、UrDoc代表の唐橋が札幌に飛んでうかがいました。

 

マレーシアは多様性の国

 
スフィ先生、今日はインタビュー形式でいろいろとおうかがいします。

はい、よろしくお願いしますね。

先生のように日本で活躍する外国籍の医師はめずらしいと思って調べたら、2,400人くらいいらっしゃる。

あ〜(当然のことのような感じで)全然いますよ。でも日本のあちこちに散らばっている。

スフィ先生はマレーシアのご出身ですね。

マレーシアのプタリン・ジャヤ。クアラルンプールから車で10分くらいのところです。

最近は日本人の移住者も多くてダイソーとかすしざんまいとかあります。「Pasta Zanmai」もある(笑)。和風パスタもあって、私はたらこパスタとか食べますね。日本に関するものが多くて、手に入りやすい。

マレーシアの人種構成としては、マレー族がいちばん多い。2番目は中国、その次はインド。マレーシアはインドネシア、フィリピン、バングラデシュなどの諸国からの移民(移住労働者)が年々増えています。

マレーシアの人は外国の人に対して寛容で、まさに多様性の国です。

おもに使われているのはマレーシア語?

都会ではみんなだいたい英語を使っていますね。第一言語はマレー語で、英語は第二言語。同じマレーシア人同士でも英語で話します。

といっても、マレー語が混じった英語。シンガポールの英語をシングリッシュと呼ぶように、マレーシアの英語はマングリッシュと言われます。

高齢の方も英語ですか?

もともとマレーシアは英国の植民地だった。母方のおじいちゃんはもう20年ほど前に亡くなったんですが、ほとんど英語でした。おじいちゃんは娘、つまり私の母をイギリス系の学校に行かせたので、母も英語がペラペラ。おばあちゃんはそんなに英語を話さなかった。

どういうバックグラウンドかということよりも、どういう教育を受けたかで、話せる言語は大きく変わりますね。中国系の学校に行けば中国語を話せるようになる。私の夫はイスラム教の全寮制の学校に行ったので、アラビア語を話せる。私は公立学校に行ったので、中国語やアラビア語は話せない。

本当に多様性に富んだ国で、ある意味ぐちゃぐちゃですよ。結婚式のスタイルもいろいろあるし、ニュースも、この時間はマレー語、この時間はタミル語、マンダリン、広東語、という具合です。

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